特集 シン・シャーマニズム論――カミとつながる技術
シャーマンとは、異世界を旅し、精霊や野生動物と交流することで、異なる姿や新たな能力を獲得した人びとのことです。 近年ではアメリカにおける認知科学の発達にともない、シャーマンがカミとつながるための技術(技法)の秘密に迫るような新しい研究が生まれています。 本特集では、こうしたシャーマニックな技術に着目し、人間の内的世界、人間の心の仕組みを明らかにするうえでの重要なヒントを探ります。
- 000 表紙「モンゴルのラッパー、メヘ・ザハクイ」撮影:O.Tugsbilig
- 001 目次
- 002 表紙のことば 文:編集部
- 003 特集「シン・シャーマニズム論――カミとつながる技術」
- 004「シン・シャーマニズム論――カミとつながる技術を再考する」島村 一平(国立民族学博物館教授)
- 012「シャマンの楽器コブズ――その歴史と現在」坂井 弘紀(和光大学教授)
- 018「ラクダ霊の真似と天界へのスピリチュアルな旅――クルグズ人の行者バクシ」ダーヴィッド・ショムファイ・カラ(ハンガリー 研究ネットワーク民族誌学研究所上級研究員)
- 028「ドラミングからライミングへ――モンゴル・シャーマニズムの『韻の憑依性』」島村 一平(国立民族学博物館教授)
- 040「ユタと神の世界をつなぐ歌」福 寛美(法政大学沖縄文化研究所兼任所員)
- 046「時空をこえるンビラの旋律――ジンバブエ、ショナの憑依儀礼」松平 勇二(ノートルダム清心女子大学准教授)
- 054「神々の世界をのぞく窓――ウィチョルのペヨーテ幻覚と毛糸絵」山森 靖人(関西外国語大学教授)
- 064「『シャーマン』になった西洋人たち」河西 瑛里子(国立民族学博物館助教)
- 070「『声』が聞こえる現象とは何か?――スピリチュアルと統合失調症のあいだの心理人類学」<前編>ターニャ・M・ラーマン(スタンフォード大学教授)
- 076 連載 フィールドワーカーの布語り、モノがたり第6回
「エスニシティを象る装い――中国雲南省のモン衣装の移り変わり」宮脇 千絵(南山大学准教授) - 084 日本万国博覧会記念公園シンポジウム2023「『日本人』の内と外――異文化接触を語り合う」吉田 憲司(国⽴⺠族学博物館⻑)/橋爪 節也(大阪大学名誉教授)/井上 章一(国際日本文化研究センター所長)/ウスビ・サコ(京都精華大学大学院教授、情報館長)/中牧 弘允(千⾥⽂化財団理事⻑)
今号の特集は、映画監督・庵野 秀明氏が広めた「シン」を冠とするシャーマニズム論。日本ではオウム事件以降衰えたシャーマニズム研究、その復活を期す島村氏の着眼点「韻律」を受けた、音に関わる諸論考が興味深いですね。
従来、拍やリズムとトランス(変性意識状態)との関係が論じられてきました。また、リズムのテンポが心拍や息継ぎと同期して身体を動かし、時間感覚の変成や没入を生み、それが周囲の人と同調して群舞にいたる、というように、音響と、身体感覚や運動、意識との親和性も指摘されてきました。W・J・オングが『声の文化と文字の文化』で語るように、音声で伝承された叙事詩には繰り返しや強調表現が多いのも、言語処理が身体感覚と密接なことを示します。
本誌一六七号編集後記でも紹介した「視覚バッファ」説によれば、トランス状態で経験する事象は、どうやら本人が脳のなかから紡ぎ出したもの。目からはいった視覚情報はいったん脳内のカンバス、視覚バッファにアナログ的に描かれ、それを脳が認識するが、記憶がつくり出した「心的イメージ」も同じカンバスに描かれて知覚されるので、本人には、外からの図像か自らつくり出した図像か区別がつかない、というのです。スティーヴン・M・コスリンが一九八〇年に唱えた今も有力な説で、視覚以外にも通用しそうです。
同じころから米国精神医学界では、精神疾患に対し特定の病因を探すよりは、まず診断基準の標準化(七五頁の訳注〈2〉参照)を目指し、社会・文化の枠組みのなかで精神医療を再考する動きが広まりました。ベトナム帰還兵の精神的不適応事例の増加、六〇年代「意義申し立て」を引き継ぐ、要素還元論的合理主義への批判、自然回帰、先住民文化への共感などが、その背景にあるのでしょうか。
思うに、脳のはたらきは依然謎だらけ。精神疾患の諸事例を語る、オリバー・サックスの同じころの著作群で私が衝撃を受けたのは『妻を帽子とまちがえた男』。妻の姿を帽子掛けとしてしか認識できない顏貌失認症例の紹介です。人間が、周囲環境や意識・感情を統合的に把握できるのは脳回路の絶妙なバランスの賜、そんな日々を送れること自体が奇跡だ、と教えられました。
ならば、シャーマニズムの世界は、案外近しいものかもしれません。
(編集長 久保正敏)
2024(令和六)年4月30日発行
発行所:公益財団法人 千里文化財団
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