季刊民族学188号 2024年春

特集 シン・シャーマニズム論――カミとつながる技術

 シャーマンとは、異世界を旅し、精霊や野生動物と交流することで、異なる姿や新たな能力を獲得した人びとのことです。 近年ではアメリカにおける認知科学の発達にともない、シャーマンがカミとつながるための技術(技法)の秘密に迫るような新しい研究が生まれています。 本特集では、こうしたシャーマニックな技術に着目し、人間の内的世界、人間の心の仕組みを明らかにするうえでの重要なヒントを探ります。

目次
  • 000 表紙「モンゴルのラッパー、メヘ・ザハクイ」撮影:O.Tugsbilig
  • 001 目次
  • 002 表紙のことば 文:編集部
  • 003 特集「シン・シャーマニズム論――カミとつながる技術」
  • 004「シン・シャーマニズム論――カミとつながる技術を再考する」島村 一平(国立民族学博物館教授)
  • 012「シャマンの楽器コブズ――その歴史と現在」坂井 弘紀(和光大学教授)
  • 018「ラクダ霊の真似と天界へのスピリチュアルな旅――クルグズ人の行者バクシ」ダーヴィッド・ショムファイ・カラ(ハンガリー 研究ネットワーク民族誌学研究所上級研究員)
  • 028「ドラミングからライミングへ――モンゴル・シャーマニズムの『韻の憑依性』」島村 一平(国立民族学博物館教授)
  • 040「ユタと神の世界をつなぐ歌」福 寛美(法政大学沖縄文化研究所兼任所員)
  • 046「時空をこえるンビラの旋律――ジンバブエ、ショナの憑依儀礼」松平 勇二(ノートルダム清心女子大学准教授)
  • 054「神々の世界をのぞく窓――ウィチョルのペヨーテ幻覚と毛糸絵」山森 靖人(関西外国語大学教授)
  • 064「『シャーマン』になった西洋人たち」河西 瑛里子(国立民族学博物館助教)
  • 070「『声』が聞こえる現象とは何か?――スピリチュアルと統合失調症のあいだの心理人類学」<前編>ターニャ・M・ラーマン(スタンフォード大学教授)
  • 076 連載 フィールドワーカーの布語り、モノがたり第6回
    「エスニシティを象る装い――中国雲南省のモン衣装の移り変わり」宮脇 千絵(南山大学准教授)
  • 084 日本万国博覧会記念公園シンポジウム2023「『日本人』の内と外――異文化接触を語り合う」吉田 憲司(国⽴⺠族学博物館⻑)/橋爪 節也(大阪大学名誉教授)/井上 章一(国際日本文化研究センター所長)/ウスビ・サコ(京都精華大学大学院教授、情報館長)/中牧 弘允(千⾥⽂化財団理事⻑)

編集後記

 今号の特集は、映画監督・庵野 秀明氏が広めた「シン」を冠とするシャーマニズム論。日本ではオウム事件以降衰えたシャーマニズム研究、その復活を期す島村氏の着眼点「韻律」を受けた、音に関わる諸論考が興味深いですね。
 従来、拍やリズムとトランス(変性意識状態)との関係が論じられてきました。また、リズムのテンポが心拍や息継ぎと同期して身体を動かし、時間感覚の変成や没入を生み、それが周囲の人と同調して群舞にいたる、というように、音響と、身体感覚や運動、意識との親和性も指摘されてきました。W・J・オングが『声の文化と文字の文化』で語るように、音声で伝承された叙事詩には繰り返しや強調表現が多いのも、言語処理が身体感覚と密接なことを示します。
 本誌一六七号編集後記でも紹介した「視覚バッファ」説によれば、トランス状態で経験する事象は、どうやら本人が脳のなかから紡ぎ出したもの。目からはいった視覚情報はいったん脳内のカンバス、視覚バッファにアナログ的に描かれ、それを脳が認識するが、記憶がつくり出した「心的イメージ」も同じカンバスに描かれて知覚されるので、本人には、外からの図像か自らつくり出した図像か区別がつかない、というのです。スティーヴン・M・コスリンが一九八〇年に唱えた今も有力な説で、視覚以外にも通用しそうです。
 同じころから米国精神医学界では、精神疾患に対し特定の病因を探すよりは、まず診断基準の標準化(七五頁の訳注〈2〉参照)を目指し、社会・文化の枠組みのなかで精神医療を再考する動きが広まりました。ベトナム帰還兵の精神的不適応事例の増加、六〇年代「意義申し立て」を引き継ぐ、要素還元論的合理主義への批判、自然回帰、先住民文化への共感などが、その背景にあるのでしょうか。
 思うに、脳のはたらきは依然謎だらけ。精神疾患の諸事例を語る、オリバー・サックスの同じころの著作群で私が衝撃を受けたのは『妻を帽子とまちがえた男』。妻の姿を帽子掛けとしてしか認識できない顏貌失認症例の紹介です。人間が、周囲環境や意識・感情を統合的に把握できるのは脳回路の絶妙なバランスの賜、そんな日々を送れること自体が奇跡だ、と教えられました。
 ならば、シャーマニズムの世界は、案外近しいものかもしれません。
(編集長 久保正敏)

 

2024(令和六)年4月30日発行
発行所:公益財団法人 千里文化財団

『季刊民族学』は「国立民族学博物館友の会」の機関誌です。
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季刊民族学187号 2024年冬

特集 境界をゆきかう日系人

 日本からの移住者およびその子孫である「日系人」は世界全体で400 万人以上いるともいわれ、その移住の歴史は1868年のハワイへの集団移住を起点とすれば150 年を超える。 本特集では、ルーツや移住の事情、居住地、世代、アイデンティティのあり方など、多様な日系人を取りあげる。国や文化、民族の境界に生き、境界をゆきかう日系人の姿をとおして、異なる文化をもつ人びとが共生する社会のあり方を考えたい。

目次
000 表紙「ハグ――友情と幸福、孤独の終わり」写真:ジュニオール・マエダ(写真家)
001 目次
002 表紙のことば 文:編集部
003 特集「境界をゆきかう日系人」
004「われら日系人、新世界と日本社会をゆきかう」中牧弘允(国立民族学博物館名誉教授)
008「「日系人」の変遷とnikkeiの意味――日系コミュニティと日系社会のちがい」小嶋茂(JICA 横浜 海外移住資料館 学芸担当)
012「重層的な記憶の場へ――サンパウロ東洋街の発展と変容」根川幸男(国際日本文化研究センター特定研究員)
020「「帰国」の先にある日常と未来――日系ブラジル人の子どもの教育」山本晃輔(関西国際大学准教授)
028「デカセギを伝える」ジュニオール・マエダ(写真家)
038「「終活」や「総括」に挑む日本在住の日系人たち」アンジェロ・イシ(武蔵大学教授)
046「踊るミグリチュード――ハワイ沖縄系移民のエイサーにみる災いと幸い」城田愛(同志社大学嘱託研究員)
054「三尾とカナダをめぐる移民文化の資源化と次世代育成」河上幸子(京都外国語大学教授)
062「鉄条網のなかの盆踊り――アメリカ強制収容所の日系人と音楽・芸能」早稲田みな子(国立音楽大学教授)
072「南カリフォルニアの「日系企業城下町」」佃陽子(成城大学准教授)
078「軍靴からサンダルへ――日系インドネシア人一世の生涯」伊藤雅俊(日本大学助教)
086「移民の送り出し側から、受け入れ側へ――みんぱくの日本展示「多みんぞくニホン」セクション」菅瀬晶子(国立民族学博物館准教授)
088「神を招き、神と遊び、神を活かす――広島県庄原市東城町・西城町の地祭」鈴木昂太(国立民族学博物館助教)
096 連載 フィールドワーカーの布語り、モノがたり 第5回
「台湾先住民セデックと三つの織り機」田本はる菜(成城大学専任講師)

編集後記

 いまや広辞苑でさえ「競争社会における勝者/敗者」と解説する「勝ち組と負け組」。原義は、根川論考の注の通り、第二次世界大戦後、ブラジルの日系人社会を二分し、二十余名の死者まで出した二年におよぶ抗争で生まれた言葉。この混乱は現地の反日感情を招き、その結果ブラジルへの永住を決意した二世が一気に増えたそうです。
 それまでの日本には、移民に寄り添う移民政策はなく(現在もそうかも)、棄民政策のみ、という捉え方もあります。人口過多の日本と労働力不足の相手国、双方の思惑一致で結ばれた官約、向かった先で辛酸をなめた人びと、大戦終結時に元敵国の現地に取り残された悲惨な経験など、日系移民という言葉に、私は暗いイメージをもっていました。一九八〇年代以降の出稼ぎ移住も、結局は、雇用側の都合でいつでも切れる労働即戦力という位置づけだったのでしょうか。本号の特集は、そうした歴史に翻弄されつつ、どっこい生きてきた日系移民の方々へのエールです。
 日系については、小嶋論考が示す定義の多様性に驚きました。原則は血統ですが、徐々に本人の選択に委ねられるように変化してきた点は、豪州などで「先住民」認定が本人の意識を重視するようになったのと、同じ流れでしょう。 そもそも、血統にこだわる社会は、生きやすいのでしょうか。しばしば排他的な運動に結びついた歴史があるし、また、混血した人びとは、差別され、帰属意識に悩み、教育の面でも苦労します。ほんとうは、複数の文化の橋渡しができる、異文化の共生にとって貴重な存在なのに。城田論考のミグリチュードのように、混血が進んだとき、遠い祖先の一人が日本人ということは、あまり意味をもたなくなるかも知れません。
 私が思うに、自分が共感する集団やコミュニティが帰属意識の源であり、だれでも複数のコミュニティに属しているので、血統にこだわらず、みずからが属すると考える複数のコミュニティに対しアイデンティティを感じるのが宜しいのではないか、さらには、私たちはすべて地球人とみなし、その認識の下で互いを認め合う社会の到来。新年、私はそんなことを夢想したのです。 最後になりましたが、新年早々、能登半島地震により亡くなられた方々、被災された方々に、心よりお悔やみとお見舞いを申しあげます。
(編集長 久保正敏)

 

2024(令和六)年1月31日発行
発行所:公益財団法人 千里文化財団

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