第22回 特別展「マンダラ展 ─ チベット・ネパールの仏たち」

演題
特別展「マンダラ展 ─ チベット・ネパールの仏たち」 

2003/04/05(土)

解説者
立川武蔵 (特別展実行委員長 先端民族学研究部教授

内容
「現代に生きるマンダラ」連続講演会の最終回 『空海とマンダラ』 にあわせて、特別展の見学会をおこないます。マンダラについての知識を学んだあと、実際に立体マンダラを体験してみましょう。解説も実行委員長が自らおこないます。

ふるってご参加ください。

第64回 民族学研修の旅 ブータン王国大横断 ─ 花と伝統にふれる旅

第64回 民族学研修の旅 ブータン王国大横断 ─ 花と伝統にふれる旅

2003年4月24日(木)~5月7日(水)

ヒマラヤ山麓の懐に抱かれる小国ブータン。「照葉樹林文化帯」の西端に位置し、その東端に位置する日本とは食文化や生活習慣などで共通点があります。急激な近代化を避け、仏教の教えと自然のなかで生きているこの国の人びとの生活には、現在の日本人が失いかけている大切な文化が残っています。

旅では、山々がシャクナゲをはじめ多くの花々に包まれる季節に雄大な景色の中を西から東まで横断します。訪れる先々の町や農村で人びとと交流しながら、またアウトドア・クッキングや石風呂などを楽しみながら、ゆったりとした生活を送るブータンの人びととふれあいます。

季刊民族学104号 2003年 春【在庫切れ】


琵琶湖の漁師
文・編集部
写真・土村清治

特集 フナズシの民族学

琵琶湖特産のフナズシ。水田稲作の伝来とともに日本にはいってきた淡水魚の保存食が、そのまま現代まで受け継がれた希有な例だ。その起源は、さらに東南アジア大陸部にさかのぼるという。フナズシはたんなる伝統食品ではない。人類の食の営みの奥深さを示唆すると同時に、人間に環境との新たな関係をせまる象徴的な意味合いも帯びはじめた。フナズシの問いかけに耳をすませたい。

琵琶湖 人と魚の小宇宙 文・堀越 昌子/写真・土村 清治
琵琶湖のまわりに人間が住みはじめたのは、数万年前のことだ。縄文時代には。さかんに漁撈活動がおこなわれていたことが知られている。深く長い湖と人間のかかわりを、もういちど見つめ直したい

スシの原型をもとめて 石毛 直道
日本食の代表として世界に知られている「スシ」は、すでに各国で独自の形に変化しつつある。われわれがいま食べているスシも、何度かの変遷を経たものだ。保存食から即席料理へとその性格も変化した「スシ」の歴史をたどる

ナレズシは淡水魚の漬物 文・奥村 彪生/写真・堀越 昌子、日野 光敏
東南アジアの平野部で生まれた淡水魚の保存技術は、稲作とともに海をわたり日本へとつたられた。やがて国内各地でその地の産物をとりいれて、ナレズシの多彩なバリエーションが展開する

魚が島なす湖 文・井戸本 純一/写真・土村 清治
フナズシには、琵琶湖やそこにすむ魚たち、周辺の陸地やそこに人びとが築きあげてきた「共働」の長い歴史が刻まれている。湖の再生は、いちど分断されたこれらの共働をふたたび取りもどせるか否かにかかっている

漁では魚に教えてもらうことばかり 保智 為治

愛しき琵琶湖の魚たち 今森 洋輔
机での作業に区切りがつくと、すぐに筆を置き野外に出掛けていく。春先の漁港に吹き込む風は、水草の青い匂いと魚の匂いが混ざりあって独特の香りがする。それは琵琶湖特有の匂いだ。琵琶湖はきょうも青く美しい。けれども…

湖の幸を食す 文・堀越 昌子/写真・土村 清治
人びとの琵琶湖と湖魚への思い入れは深く、湖魚料理の種類もおおい。滋賀県は琵琶湖のおかげで、日本でもっとも淡水魚利用が発達した地域といえる

フナズシ 魚とコメの出会いが生んだスローフード 文・堀越 昌子/写真・土村 清治
子どものころから、お腹をこわしたり風邪をひいたとき、また正月や祭りの日にも食べてきたフナズシは、滋賀の人びとにとってふるさとの特別な味である。しかも、頭から尾っぽまで丸ごと食べられ、消化しやすく、整腸作用と高い抗菌力をもつ完全食品でもある

淡海の国は今日の御厨 文・奥村 彪生/写真・土村 清治、堀越 昌子
近江地方は古くから食の宝庫であった。琵琶湖や川で獲れる淡水魚のみならず、平野部や山里からも四季折々に、ゆたかな実りと収穫がよろこびをもたらした。鯖街道を運ばれる海産物も加わり、それらは京の都で洗練された味覚へと生まれかわる

スシは寿司を越え、SUSHIとなった 森枝 卓士
オーストラリアの片田舎、南アフリカのケープタウン、チリのサンチャゴにむかう飛行機のなか…、いまや世界のいたるところで出会うスシ。しかしそれはすでに寿司ではなく、土地土地で変容をとげた、インターナショナルな食べものとしてのSUSHIだった

第三回世界水フォーラムによせて
水と京文化

文・熊倉 功夫/写真・中田 昭

京都の名物といえば水。第一は鴨川、桂川、宇治川などで知られる川の水。第二は東山の山すそのいたるところから湧きでる湧水。これら京の名水からゆたかな京文化が生まれ、今日まで脈々とはぐぐまれてきた

103号 2003年 新春


ワサフの聖堂前の広場
北野 謙

特集 植民地時代アンデスの教会美術

岡田 裕成、齋藤 晃(責任編集)

アンデスの文化といえば、ティワナコやインカに代表される古代文明、その壮大な遺跡を想像する人がおおいだろう。しかし、今日のアンデスの暮らしの風景のなかで、より大きな存在感をもつのは、篤い信仰を集めるキリスト教の聖堂である。山深い谷あいの集落にも、標高4000メートルの高原の果ての村にも、聖堂はある。16世紀に突然やってきたスペイン人によって征服されて以来、アンデスの文化は大きく変容した。キリスト教聖堂は、その目にみえる象徴だ。広大なアンデスの地に残る聖堂のおおくは、厳しい高地の風土のなか、ひっそりと集落に寄り添っている。そこを飾る装飾も、概して素朴で民衆的である。長らく研究者の立ち入りさえ稀であったアンデスの聖堂の、ユニークな装飾美術をここに紹介する。

標高4000メートルのキリスト教聖堂
大橋哲郎、北野 謙(写真)/岡田 裕成(写真・文)

アンデスの聖堂装飾と植民知的イマジネーション 岡田 裕成
アンデス高地の各地に残るゆたかなキリスト教美術の遺産の数々。それらは魂とイマジネーションの領域において、強大な他者の存在と対峙せざるをえなかった植民地の複雑な状況のなかで花開いたものだった

山に住む人魚たち 加藤 薫
西欧でも先住民社会でも、人間にとってネガティブな存在となっていた人魚が、17世紀のアンデスであらたな意味と棲息場所を獲得した。標高3000~4000メートル級の高地に大量かつ多様な人魚像が生みだされた、その背後にあったものは何か

海を渡ったバルゲーニョ 齋藤 晃
ボリビアの博物館の片隅にひっそりと座するいにしえの書箪笥バルゲーニョに、スペインと新大陸の植民地が交差し、絡み合った歴史の軌道をみる

聖体祭 クスコの宗教的祝祭 ホルヘ・A・フローレス・オチョア(文)/岡田 裕成(翻訳) 都市においても、村落においても、アンデスではカトリックの祝祭が生活の重要な部分をなしたし、それはいまも変わらない。クスコの聖体祭は、そのはじまりからすでにバロックの精神を宿すものだった。バロックの芸術は、信仰を礼賛し教養を擁護する手段としての働きの場を、アンデスの地に見出したのである

危機に瀕する教会美術 齋藤 晃
装飾がはぎとられた祭壇、からっぽの壁龕、額絵がはがされた壁の跡。ボリビアの教会美術はいま、深刻な東南の被害にさらされている。その現状を報告するとともに、保全に向けての試みを紹介する

聖堂壁画の修復と保全
エドガル・ラミロ・メンディエタ、ファン・カルロス・ヘミオ・サリーナス(文)/岡田 裕成(翻訳)

水の文化、その多様性
水文化の多様性を抜きに、水問題の解決はありえない

阿部 健一

人が生きていく上で、欠かせない水。人は、生活のいたるところで、水とかかわり、そのかかわり方は、民族民族によりさまざまである。それを、水の文化と読んでみよう。歴史と地域が作り上げた、水を軸とした文化。水の文化は多様である。国際社会が取り組むべき共通の課題としての水問題を議論し、行動に移すための会議「第3回水フォーラム」が本年3月、京都・大阪・滋賀を会場に開催される。

創刊25周年記念企画・四半世紀ののちに4
国家を生きる狩猟採集民
オーストラリア・アボリジニの生活戦略

小山 修三

一連のプロセスを考えて、実行し、成功してからでないと食糧にありつけない。これが狩猟採集という生活スタイルの本質であろう。伝統と近代化の融合によって成立している現代の狩猟採集社会を、オーストラリア・アボリジニにみる

第25回 特別展「アイヌからのメッセージ ─ ものづくりと心」

演題
特別展「アイヌからのメッセージ ─ ものづくりと心」

2003/01/10(金)

解説者
大塚和義 (特別展実行委員長 民族文化研究部教授)

内容
来年1月8日からはじまる特別展「アイヌからのメッセージ」の見学会をおこないます。アイヌの人びと自身の企画構成による日本ではじめてのアイヌ工芸展について、その趣意などを解説いただきます。
同日の講演会『アイヌの工芸 ─ 歴史と現在』と続けてご参加ください。