第66回 民族学研修の旅 はるかなるバルト三国 ─ 民族と歴史

第66回 民族学研修の旅 はるかなるバルト三国 ─ 民族と歴史

2005年7月26日(火)~8月4日(水) 10日間

エストニア、ラトヴィア、リトアニアは、中世ヨーロッパ文化が色濃く残る旧市街の外観と、開かれた都市としての先進性を併せ持つ、過去と現在が交錯する国々です。ヨーロッパやロシア・ソ連などの影響を受けながらも、各都市ごとに独自の文化をはぐくんできました。

今回の研修の旅は、世界遺産に登録されている都市の古い街並みと豊かな自然が残る島を訪れ、バルト三国がたどってきた民族の歴史について考えます。

第30回 企画展「アフリカのストリートアート展」展示見学

演題
企画展「アフリカのストリートアート展」展示見学

2005/07/16(土)

解説者 川口 幸也 (文化資源研究センター助教授)

内容
企画展示では、動物や自動車をかたどった装飾棺桶や、看板、生活雑貨などアフリカの多彩な造形が多数展示されています。展示を担当された川口幸也助教授に、活気とユーモアにあふれたアフリカの都市生活やストリートアートについてお話しいただきます。

第324回 文化人類学への誘いシリーズ 総説 文化人類学に何ができるのか

演題
文化人類学への誘いシリーズ 総説
文化人類学に何ができるのか

内容
グローバル化の進行とともに世界は狭くなっています。生活が便利になる一方で、世界のあちこちで、多種多様な文化要素が入り混じり、生活環境や社会が変則的に変化する現象もあらわれています。こうした状況において文化人類学による異文化と自文化の研究はますます重要視されています。総説では、文化人類学の知識と研究、そしてこれらを現実の社会にどのように生かしていくのか、わかりやすくお話ししたいとおもいます。

講師
松園 万亀雄(国立民族学博物館館長)

日時
2005年6月4日(土) 14時~15時30分

場所
国立民族学博物館2階 第5セミナー室

定員
96名(先着順)

備考
■友の会会員:無料

第47回体験セミナー 醸造業のまちをたずねて ─ ―企業博物館訪問

第47回体験セミナー 醸造業のまちをたずねて ─ ―企業博物館訪問

2005年6月25日(土)

江戸中期からつづく酢づくりをはじめ、酢、醤油など醸造業が盛んな港町・半田市。尾州廻船による交易で繁栄し、豊かな醸造文化が花開いたこの地域の歴史と産業について学びます。また、醸造文化を支える博物館のあり方を通して、現在の町作りに果たす役割をかんがえます。

酢の博物館「酢の里」や国盛「酒の文化館」を訪問し、それらの歴史・文化史についての展示や製造工程を見学、利き酒も体験します。

113号 2005年 夏


ツフィの少年
文/写真・飯田 裕子

ヤイラで過ごすトルコの夏

南 真木人
本郷 一美

遊牧民ヘムシンとラズは、夏を迎えると、家畜をひきつれて3000メートル級の山の上で過ごす。ヤイラとよばれる夏営地での暮らしは、彼らにとって民族的アイデンティティを確認する特別な場所となる。ヤイラでの暮らしがトルコ人の原点といわれる由縁を探る

エイシュ・シャムシー
太陽のパン

奥野 克己

上エジプトの伝統的なパン、エイシュ・シャムシーは、経済活動の活性化にともない、ナイル川に沿って急速にひろがりつつある。ひとつのパンをとおして見えるイスラームの社会関係を考える

ムアンの歳時記 第3回
稲の恋する雨曇り

樫永 真佐夫
イラスト・栗岡 奈美恵

ベトナム、中国、ラオス、タイ、ビルマの国境をまたいで、タイ系民族の盆地世界、ムアンは点在している。その一つ、ムアン・クアイが雨季を迎えると、稲は人の手を離れて育ち、山野の幸が村の食卓を潤す。雨雲果つる9月はじめ、国慶節に村の若者たちは浮き足だっている。電化、情報化で、町がどんどん身近になり、緑豊かな村で家族が身を寄せ合っていた生活も変わりゆく。ベトナムの少数民族、黒タイ村落での暮らしを見つめるシリーズ第3回

黄土高原、日本人結婚式顛末記
地域に寄り添い、地域と動く

深尾 葉子
安 冨歩
写真・山 石

村びとたちは「現代的」な結婚式をあげ、その費用返済のために長期的な出稼ぎに出る。若者たちの意識改革に向けて、忘れられつつあった伝統的な結婚式を復活させようと、あるイベントが動きだした

 

極北家族
アラスカのエスキモーとアリュート

八木 清

はじめてのエスキモーの村への旅、それは5月初旬のことであった。前日に大学を卒業したばかりのわたしは、ニュートックという人口200人ほどのユピック・エスキモーの村へむかった

アマゾンの陶器生産
遺跡とグローバリゼーションのあいだで

古谷 嘉章
写真・橋本 文夫

ブラジル・アマゾンの先史文化については、同じ南米でもインカに代表されるアンデス地方に比べればほとんど知られていない。ここでいう「先史文化」とは、もちろん文字によって自分たちの記録を残していない文化という意味であり、歴史をもたない文化という意味ではない。そうした先史文化については、その姿を解明するために文字記録以外のものに頼ることになる。遺跡やそこから出土する土器は、その有力な手がかりである。しかし、そこに刻みこまれた意味をどのように読み取ることができるのか?考古学だけが、その唯一の方法というわけではない。